縁が切れる前兆

みなさん、こんにちは。ahlan 和 sahlanのかしま慶子です。

人のご縁とは不思議なもので、大きな問題が起こっても離れられない人もいれば、仲良くしていたのに徐々に繋がりが薄くなっていってしまう人もいますよね。本当は縁が切れているのに執着してしまっているだけなのか?大切にすべき縁なのにいっときの感情で失ってしまおうとしていないか?の見極めはとても大事です。運勢は付き合う相手によって大きく左右されますので、良い縁に恵まれるよう不要な縁を手放すポイントについてお話ししようと思います。

 

1.タイミングが合わなくなってくる

「縁がある」ということは流れのリズムが似ている、ということでもあります。予定がなかなか合わなかったり、約束していたことが急遽キャンセルになったり、連絡のタイミングがずれることが増えてきたのであれば少しずつご縁が薄れてきているのかもしれません。予定の再調整は大切ですが、合わないものを無理やり合わせようとするとあまり良い結果を生みません。ご縁があれば再び交わることもありますので「今すぐどうにかしなければ!」と躍起にならないように気をつけましょう。

 

2.食べ物の好みが合わなくなってくる

人の身体は食べたもので作られています。「今、何が食べたいか」という問いは「今、どのようなエネルギーを内側に取り込みたいか」という問いでもあります。人間は肉体を持つ物質的存在でもありますから、その肉体が求めるものが大きく異なるということは身体の波長もマッチしていないといえるでしょう。こんな風にわざわざスピリチュアルな話を持ち出さなくても、食べたいものが合わない相手と食事を共にすることは苦痛ですので「現実的にも合わない」ということがわかるのではないでしょうか。苦手なものが少ない方が合わせることも可能ですが毎回合わせてばかりでは疲れてしまいます。食べ物の好みが合わないだけでなく、食べる量やスピードがあまりにも違いすぎる場合も同じようなことがいえると思います。

 

3.相手の匂いが苦手になった

匂いというのは脳の本能的な部分で感知しているといわれています。世間一般では「良い香り」といわれるものであったとしても「なんだか苦手…」と感じる相手は本能的に相性が悪いといえます。余談ですが人の相性というのは占星術や四柱推命など星の並びの相性や霊的な相性よりも動物的な部分の相性が良いことが結びつきを最も強くするという説があります。(この話はまたいつかどこかで)

匂いには様々な情報が含まれていて、相手の体調やストレス具合、どのようなものに憑依されているかどうかもわかったりします。少し前、ガン患者を嗅ぎ分けることが出来る犬や死期が近づいている人がわかる犬のことが話題になりましたよね。人間も意識に上がってきていないだけで相手の情報を嗅ぎ分けていると思います。匂いがダメになってしまった場合は距離を置く方がお互いにとって安全かもしれません。

 

4.一緒にいるとネガティブな思考が増える

一緒にいて楽しいと思える相手となら問題ないと思うかもしれませんが、その「楽しい」の内容が健全であるかどうかはチェックしてください。誰かの悪口や愚痴をダラダラと話す、うまくいかない人生を慰め合って傷を舐め合っているだけになってはいないでしょうか?そこまで思っていなかったことでも誰かと話をして音として自分の耳に聞かせることによってその気になってしまった経験はありませんか?共感されすぎても自らを顧みる機会を失いかねませんので、愚痴はほどほどにしておきましょう。ネガティブな思考を強化させると幸せが逃げていきます。

夢や目標を話せる相手や新しいアイディアを沸き立たせるような刺激的な人物と時間をともにするようにしましょう。自分が目指している世界で「一流」と呼ばれるような人物に会いにいくのもオススメです。それが難しい場合には、その人の著書を読んでも良いでしょう。実際に会うことが出来なかったとしても、本を読むという行為は著者の思考の海に潜ることになるので同じような影響を受けます(もちろん会いに行けるのがベストですが)。

自分が「嫌なヤツ」に成り下がってしまうような人とはさっさと縁を切りましょう。

 

5.会うと疲れる

「すっごく楽しかった!!」「楽しかった!」「たの…しかった」、でも「つ、疲れたぁ…」となってしまう相手はいませんか?相手に渡すエネルギーと自分が受け取るエネルギーとのバランスが崩れている時のこのようなことが起こります。平たい言葉でいうと「気のつかい過ぎ」もっと突っ込んだ言い方をすると「エネルギーヴァンパイアに気を奪われてなぁい?」です。

世の中には「わかりやすいく嫌な人」と「物凄く良い人に見える邪悪な人」がいます。わかりやすく嫌な人というのはわかりやすいので適切な距離が取りやすいのですが、良い人そうに見える邪悪な人というのは見分けが本当に難しいので知らず知らずのうちに吸い取られてしまっていることが多々あります。

例えば「毒親」と呼ばれるような人種の人々がそうだといえます。教育熱心で子ども思いで愛情深い親という仮面を被ることが上手な人っていますよね。外側の世界に向いて完璧に演じきり、もし子どもが「うちの親、本当は…」などと言おうものなら「あんなに良い親御さんなのにこんなことをいうなんて恩知らずな子ども」と批判されるようにちゃんと種をまいてあるんですよね。(用意周到すぎる)。その人にとって子どもは「素晴らしい自分」を演出するための道具にしか過ぎず、親が思う道しか許さず、親の価値観にマッチするような行為しか褒めず、少しでも逆らおうものなら罵倒したり、反対に罪悪感を植え付けるために涙したりも平気で出来てしまうようなクレイジーな人、案外多いものです。

こういうタイプが友達だった場合もすごく厄介です。「あなたのためを思って」と色々してくれるのですがこちらがして欲しいことではないことがほとんどです。相手が考えるような反応を返さなければ大袈裟に傷ついて見せ、周囲にさも被害者であるかのように言い回ったりします。また可哀想な自分を演じるのも上手でこちらからあれこれと引き出そうとしてきます。同情してサポートしているうちに「あれ、話の辻褄が合わなくないか?」と気がついてよく観察していると利用されていただけ、というパターンも少なくありません。

本人に演じている自覚があればまだ救いがあるのですが、まったく無意識のうちにやっている人も存在します。心を込めて向き合えば変わってくれるかもしれない、という甘い考えは捨てましょう。他人を変えることはできません。相手を尊重しつつ、縁を切りましょう。ただし、こういったタイプはいきなりバシッと切ってしまうと逆上するので、そーっとそーっと徐々に距離を置くようにしましょう。

 

6.まとめ

ご縁があった人との繋がりが薄れていくのは淋しいものです。しかしながら、歩んでいく道が違う相手にいつまでも執着していては互いの成長を妨げます。「わたしが側にいてあげないと」という考えは随分思い上がったものだといえます。それぞれの今の課題を越えるのにぴったりの相手がいるはずですから、手を離してあげ、その人に出会うチャンスを与えてあげることこそが真の愛情であるといえます。

「歩調が合わなくなった」という側は「相手がわたしの成長速度について来られなくなったから」といいがちですが、逆のパターンである可能性もきちんと考えておく必要があります。自分自身がまったく成長できていないから相手に置いてきぼりを食らってしまっただけかもしれない、そう思うことができたならまたどこかでその人とのご縁が結ばれることもあるかもしれません。そのときにはきっとより良い関係を築くことができるようになっているはずです。

もし離れるべきか留まるべきかお悩みの際には是非ご相談ください。

 

今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。

次回は「相性が良い神社の見分け方」についてお話しようと思っています。

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